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Robert Pires 

Robert Emmanuel PIRES
ロベール・ピレス
France (Reims)
Left Midfielder, Right Midfielder, Central Midfielder, Second Striker
29 Oct 1973
185cm 74kg
Right-footed
03 Jul 2000 joined

1982 - 1992  Stade Reims(France)
01 Aug 1992 - 01 Aug 1998  Metz(France)
01 Aug 1998 - 03 Jul 2000  Marseille(France)
03 Jul 2000 - 25 May 2006  Arsenal
25 May 2006 -  Villarreal(Spain)


  2000年にマルセイユから加入して以来、アーセナルのパスサッカーの中心的役割を担ってきたフランスのタクティシャン。ゲームを組み立てる能力と得点力に優れ、同じフランス人のアンリ、ヴィエラらと共に一時台を築き上げた。しかしどんどん若返っていくチームの中で次第に居場所を失ってしまい、最後まで悩んだ末にスペインのヴィジャレアルへ移籍を決めた。父親はポルトガル人、母親はスペイン人だが、本人はフランス生まれフランス育ち。この3ヵ国の言葉を自在に操るが、それで容量がいっぱいになってしまったのか、英語はなかなか上達しなかった様子である。
  特別なトリックを持ち合わせているわけではないが、ボールタッチは非常に正確で、間の取り方がうまいため、ドリブル・パス共に正確である。そのマイペースさを表しているかのように彼がボールを持った時は周りがフッと落ち着く事があり、流れの速いアーセナルのスタイルの中でアクセントになっていた。さらに長短問わず強く速いパスを出す事ができ、とりわけハーフライン付近からの度肝を抜かれるようなスルーパスは絶品。一方で駆け引きとコース取りのうまさで何だかよくわからないうちに相手を抜き去る独特のドリブルや、気が付けばそこにいて憎らしいほどの冷静さで盗んでいくゴール、そして時折見せるインサイドでの強烈なミドルシュートも彼の特徴の一つ。またがに股でドタドタとした特徴ある走り方をするが、本人はこれを「アヒル走り」と呼んでいる。少し前までは長髪と縦に生やしたあご髭がトレードマークだったが、髪は時折短く切り、縦ヒゲは剃ってしまうようになった。現在ではどういうわけかアシュリー・コールに受け継がれている。
  アーセナルでは一時代を築いたピレスだが、代表では不遇と言っていい。1998年のワールドカップでは優勝を経験しているが、当時は完全な控えであり、ほとんど出場機会はなかった。ピークの時に迎えるはずだったワールドカップ2002は、直前に右膝十字靱帯断裂により不参加。ユーロ2004を迎える頃にはシステムも代わり、ジヌディーヌ・ジダンの控えに甘んじるか当時不慣れだった右サイドでのプレーを受け入れるかという選択を迫られ、結局チーム自体の不振もあって早期敗退。その後監督に就任したレイモン・ドメネクには冷遇され、遂に招集すらされなくなってしまった。ユーロ2000では決勝戦でダヴィド・トレゼゲの決勝点をアシストするクロスを供給するなど、ピレスにとって一番の思い出となっているはずである。
  アーセナルとの契約満了に際し、ピレスは2年の延長を望んでいたが、クラブ側は頑なに1年しか提示しようとしてこなかった。結局母親の母国であるスペインへ新天地を求めたが、リーグ開幕前に今度は左膝の十字靱帯を断裂。すでに06/07シーズンの大半を棒に振ってしまう事が確定してしまった。
  通算成績は284試合出場84得点。右膝に重傷を負った2001/02シーズンには記者投票の年間最優秀選手に選ばれている。
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