スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Jens Lehmann 

Jens JEHMANN
イェンス・レーマン
Germany (Essen)
Goalkeeper
10 Nov 1969
190cm 87kg
Right-footed
26 Jul 2003 joined

01 Aug 1988 - 01 Jul 1998  Schalke 04(Germany)
01 Aug 1998 - 31 May 1999  Milan(Italy)
01 Jul 1999 - 26 Jul 2003  Dortmund(Germany)
26 Jul 2003 - 30 Jun 2008  Arsenal
01 Jul 2008 - 31 May 2010  Vfb Stuttgart(Germany)
18 Mar 2011 - 31 May 2011  Arsenal


  2003年に移籍してきた当初は不安定な面ばかりが目につきまるでいいところがなく、デイヴィッド・ジェイムズに並ぶカラミティだったが、04/05シーズンの半ばに一度マヌエル・アルムニアにポジションを奪われ、その後再び正ゴールキーパーに返り咲いてからは徐々に安定感を増し、重要な場面での決定的なセーブも見られるように。ドイツ代表では絶対的な存在だったオリヴァー・カーンを押しのけ正ゴールキーパーとして地元開催のワールドカップを戦った。今では世界を代表するゴールキーパーの一人である。
  反応は遅い、ポジショニングは悪い、背は高いのにジャンプ力はない、守備範囲は狭い、キャッチングは下手、ダイレクトキックは苦手、無用な飛び出しが多い・・・移籍初シーズン、チームはリーグ無敗優勝を飾ったもののレーマンへの評価は散々なものだった。おまけに退場こそないものの、余計な言動やアクションで無用なトラブルを起こす事も少なくなかった。前述のアルムニアとのポジション争いを制し、04/05シーズンを乗り越えた段階でもレーマンのパフォーマンスに懐疑的な声は収まる事がなかった。しかしそんな風当たりがいつしか逆転し始めたのが05/06シーズンだった。開幕から終始安定したパフォーマンスを披露。チームは得点力不足から低迷するが、レーマンへの評価は徐々に上がっていった。チャンピオンズリーグではグループステージこそマイナーなケガや休養などで出番が少なかったが、クラブ史上初となった決勝戦まで10試合連続無失点記録を樹立。レーマン自身もファン・デル・サールの個人記録を破り、結果的に同シーズンのチャンピオンズリーグでは無失点となった。決勝戦ではディフェンスのミスから1対1となったエトーを倒してしまい退場となってしまったが、準決勝のセカンドレグ、ヴィジャレアル戦の終了間際にはリケルメのPKを阻止し、大会のハイライトにもなった。
  その活躍が認められ、2006ワールドカップではドイツ代表のゴールマウスを守る事になる。当初リップサービスだろうと誰もが思ったヴェンゲルの「レーマンはカーンを超える存在となる」という発言を現実のものとしてしまった。緒戦こそ脆弱な守備に泣かされ2失点を許したが、以降準々決勝のアルゼンチン戦まで3試合連続無失点を貫いた。そしてそのアルゼンチン戦ではPK戦で2本をストップし、準決勝進出の立役者に。準決勝のイタリア戦では延長戦終了間際に立て続けに2失点を許し敗退してしまったが、鋭いセービングと安定感が評価され大会のオールスターにも選ばれた。同い年のライバルであるカーンとは不仲が囁かれていたものの、最終的には和解した模様。そのカーンはすでに代表引退を表明しており、レーマンもクリンスマンが辞めるのなら自分も辞めるかもと仄めかしていたが、クリンスマンのアシスタントコーチをしていたレーヴ氏が監督に就任、クリンスマン路線を継続すると表明した事もあってか、レーマンも代表に残る事に。引き続きナンバーワンの座も約束されており、何事もなければユーロ2008までプレーするはずだ。
  シャルケ、ミラン、ドルトムントとこれまで渡り歩いてきたクラブは名門ばかりであるが、これほどまでに評価を高めたのはつい最近の事だ。ゴールキーパーというポジションの特異性を考慮してもいささか遅咲きではあるが、そんなレーマンももう今年で37歳である。クラブとの契約は1年延長し、06/07シーズンもエミレーツスタジアムのゴールマウスを守る事になるが、もう先は長くない事は何より本人が一番よくわかっている。これから徐々に後継者選びの話題も増えてくるだろう。
  英語での発音は「イェンズ・レイマン」。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。